私たちは「大峰山女人禁制」の開放をもとめます

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活動報告(2012年08月)
宮城泰年さん(本山修験宗管長・聖護院門主)との話し合い
「大峰山女人禁制」の開放を求める会(以下「求める会」)は、「女人禁制」の開放運動の一環として、「大峰山」を維持管理する関係者と「話し合い」をしたいと希ってきた。「大峰山」を維持管理するのは、寺院と信者組織からなっているが、寺院は、三本山(聖護院、醍醐寺、金峯山寺)と五護持院(龍泉寺、喜蔵院、東南院、桜本坊、竹林院)である。
 そしてこの度、三本山の一つである本山修験宗管長・聖護院門主の宮城泰年さんとの話し合いの場が実現した。日時は2012年6月15日13時30分から。場所は聖護院である。本山は昨年10月9日に行った金峰山寺の田中利典さんに次いで二人目である。
 当日、「求める会」の世話人4人が応接間において宮城さんとの話し合いを行った。
 以下は、そのときの話し合いの「要約」で、後日、宮城さん自らに手を入れていただき、ホームページ掲載の許可をいただいた。

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2000年の役行者御遠忌を目指して、三本山と護持院は開放で一致していたが、1997年の信者、地元との話し合いで総反発に遭うとは予想できなかった。役講の勢いがつよかった。判断が甘かったと思う。それ以後、御遠忌が過ぎたらと、話し合いをもつきっかけを探していたが、1999年の女性の強行登山で開きかけた貝の口が閉じてしまった。感情論が先に立っている。私もそのような外圧ともいえる中での開放は間違っていると思う。護持院も2000年が過ぎたらまた話ができると思っていたが、外部からの力に対して感情的になっており、「自分たちに任せてほしい、地元を説得する」という態度から一転して、「もう絶対に開けない」と言う意見が主流になってしまった。人間の感情はひっぱたかれると痛いから、貝の口を閉じてしまっている。それを開けようとするのは容易ではない。
それ以後、表立って「女人禁制」については話し合いをしていないが、役講の人とは個人的に雑談としてだが話はしている。
トランスジェンダーの人からの問いかけについては、その問題提起がされること自体が「大峰山」が特殊な山であることを示している。
「大峰山」は信仰の山である。信仰が生きているから「女人禁制」が生きているといえる。大峰山寺の信仰団体の持つ決定権によって禁制が守られている。江戸時代以前は戒律の立場から、今は戒律でなく、習慣によって「女人禁制」といえる。
 信仰の前には、男も女もない。わたしの考えは開けることでぶれてはいないし、聖護院内局では意見がまとまっている。なかには女性もいる。その全員が、開放する気持ちは変わっていない。開放の範囲・方法・期間とか、個人によって違うところもあるが、開放する意志は修験三本山会議以後少しもぶれていない。
 開放については三本山は決定権をもっていない。護持院には影響力をもっているが、三本山は大峰山寺の特別関係寺院であり、歴史的宗教的な意味であるということになっている。ただ一定の影響力があるので、例えば、八つの役講社があるが、聖護院に属している役講役員と意見の交換は可能だ。個々の役講社がどこの寺院に属しているかは一般の人にはわからないと思う。
又以前のように女性信者と意見交換の場を設けたい。内局と相談し時期なども考えたい。
開放については、女性が「大峰山」に登りたいということが問題ではない。登るとか登ることができない問題ではないことは承知している。ただ、近年頓に熱心な女性山伏の増加は尊重しなければならない。教団内部の女性から開放を願う声が出てくるのが、キーワードだと思う。
 修験道の男性山伏は減少の一方である。山伏になろうとする人も非常に少なくなっていて、自分が聖護院に入った昭和32年頃は近畿で120の講があったが、今は半減し、ことに連続のオイルショックやバブル崩壊の景気後退は、中小企業を中心とする山伏世界に大きな影響を与えている。地元の旅館も行者宿から女性が泊まりやすいように観光化へ変身しつつある。大峰山上宿坊の宿泊者も激減し、私は危機感を持って見ている。 もしも経営上の理由や、世間の声でなし崩しに「女人禁制」が解かれる恐れがあるならば、宗教者である当事者から先に声をあげて、信仰の立場で開放に向かうようにしなければ汚点を残すことになる。

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 話し合いのなか、登った女性のせいにして、「女人禁制」を守ろうとする考えを宮城さんも口にされたので、心外だった。公道であるし、誰にも止める権利はないし、宮城さんからそのような話を聞くとは思わなかった。
 それでも「大峰山」側の当事者として、開放する考えがぶれていないことが宮城さん個人だけではなく、聖護院としても一致をみていることは、「求める会」としては期待できると感じた。これまでインタビューした福井さん、田中さんの開放しないという開き直りに対して、今後も話し合いを続けていくことができると確信した。また、女性信者との話し合いの場をもつことにも積極的なので、協力をお願いしたい。
 この時代に、女人禁制」を解くことがこれほどにも困難なことを実感するが、聖護院から始まる開放への動きを注視したい。
「大峰山女人禁制」の開放に向けて、今後も「大峰山」の方々とさらに話し合いを続けていきたい。
(2012年 8月 1日 [水曜日])

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